お盆

東京・上野の不忍池で撮った蓮の花。池中に蓮の花が咲き乱れ、さながら極楽浄土のような雰囲気を醸し出していた。

今日は、お盆の中日。成仏されたご先祖様が我が家に戻ってくるど真ん中の日、ということだ。ということで、本日は、ぼくも「ご詠歌」を仏壇にあげた。西国三十三か所巡りを歌いながら辿るというものだ。この「ご詠歌」は、観音信仰を基にあいている。西国の三十三か寺にある観音様を称えるために綴られているのだ。第一番の那智山青岸渡寺から第三十三番の谷汲山華厳寺までのご詠歌を読み上げて、霊を弔うのである。

これをすべて読み上げると、だいたい40分程度かかる。我がまち亀岡市にある第二十一番札所の穴太寺を読み上げたところで休憩をいれるのが、森家のしきたりだ。三十三か所なのに二十一番で休憩とは、真ん中ではないのか?という声が聞こえてきそうだが、三十三番目の谷汲山華厳寺のご詠歌は三番あり、番外で、善光寺二番、高野山一番がある。ということで、穴太寺が真ん中となるのである。

ぼく自身、門前の小僧、習わぬ経を読むが如く、幼い頃から本家に行ってご詠歌を聞いていたので、今更ながら自分でも間違いながらも読むことができるのだが、ぼくの子どもたちにはどうだろう?と一抹の不安がある。うちの親父は、ぼくにあげてもらっているが、ぼくには誰があげてくれるのだろう…。早急に読み手を育てなければならない…と焦ってみたりもする。が、息子・娘たちには、期待できないだろう。日本文化継承の脆弱さをこんなところに感じてしまう。

世間では、結構、「抹香臭いイメージ」のある行事ではあるが、ご詠歌をあげていると不思議と気持ちが落ち着く。座禅や瞑想に近いものを感じるのである。繰り返される鉦の単調なリズムと五七調の歌…詠みあげる方も追随する方も、進めていくうちに、ある種の「白目状態」になることがある。これは、アフリカの呪術系の音楽や神楽のお囃子に通じるものがある。続けることで恍惚状態をつくりだすのである。やはり、ひとつの宗教儀式なんだな、と思う。

元来、お盆は精霊を迎え、そして送る期間である。決して、余暇を楽しむ期間ではなかった。お盆の正式名称は「盂蘭盆会」。これは、サンスクリット語の「ウラバンナ」の音写語といわれている。日本では「お盆」のほかに精霊会」(しょうりょうえ)「魂祭」(たままつり)「歓喜会」などとも呼ばれている。仏教や儒教、神道などが習合していたかつての日本で生み出された風習なのだ。

大阪の企業に勤めて、びっくりしたことがある。京都では盆休みといえば8月16日までが常識である。五山の送り火があるように、京都人は16日に精霊を送って盆を終える。しかし、大阪は違った。盆休みは15日まで。16日は平常営業日なのだ。大阪に拠点を置いて、早20年。なんとなく大阪の風習にも慣れたが、やはりぼくにとっては、盆休みというか盂蘭盆会は8月16日まで続くものである。

さて、明日は、精霊を送る16日。ぼくも玄関で火を焚き、ご先祖様を彼岸の地に送る。煙に乗ってご先祖様は帰っていかれる。親父も戻っていくんだ。もうすぐ、旅立って干支がひと回りする。ぼくも齢を重ねたものである。

(0014)

 

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私にも、できそう…

誰も真似できないような上手な歌手は売れない。あれくらいなら真似できそうと思わせて、簡単に真似できない人が売れる。

ある売れない歌手がタモリに相談した。
「私は、誰よりも歌が上手いのに、全然売れない…。なぜなのでしょう?」と。確かに、彼女の歌は抜群に上手かった。それは、誰も真似できないようなレベルだった。タモリは答えた。
「上手すぎるんだよ。そんなに上手かったら、誰も真似しようと思わないでしょ。だから、売れない」と。

この話を聴いて、ぼくは、プロとは何か、ということが少し分かったような気がした。ぶっちぎりで上手かったらダメなんだ、と。いや、どんなに上手くても、誰もが到達できないような上手さを自慢するがごとく見せてはいけないのだ。あれくらいなら、もしかしたら自分にもできそう…と思わせるのがプロというものなのだろう。

同じような話をお世話になっているアーティストからも聴いた。あるアートの審査会で、超テクの作品が選ばれようとしていた。海外から招かれた審査員が意見をした。
「この作品は、テクニックに溺れてしまっている」と。
作品は、本来ならメッセージを伝えるためにテクニックを駆使する。それなのに、この作品は、メッセージよりもテクニックが立ってしまっている。本末転倒ではないか、というのだ。

いわゆる“ヘタウマ”という手法がある。誰でもできそうなローテクで表現されたものを指す。それを見る人たちは、半分バカにしながらも親しみを持つ。心の底にあるのは、“これくらいなら、自分にもできそうだ”という思いだ。でも、いざ、真似をしようとしても、その味を表現することはムズかしい。門は広く開け放たれているが、その奥にある道は狭く、急だ。だからこそ、人は魅せられるのかもしれない。

酷い言い方かもしれないが、現代芸術は、“巨大にするか、大量に並べるか”が勝負どころだと考えている。そんな作品がいかに多いことか。そして、もうひとつ感じるのが、“いかにテクニックをひけらかすか”である。いずれにしても、メッセージは二の次で、まず手法あり…のように感じる。すべてがそうだとは言わないが、そんな作品がけっこう幅を利かせているのではないか、といぶかってしまう。

タモリに相談した歌手は、技術に溺れて、本来、歌が持っているはずの目的を見失っていたのだろう。いかに、聴く人を感動させるか。それが、テクニックで驚かそうとしていたのだ。超テクに対して、人は目を丸くして驚くかもしれないが、心を動かすことは少ないだろう。

本当のプロとは、テクニックで驚かす人ではなく、テクニックを使って心を揺さぶる人なのだということに気がついた。プロとは、お金を稼げるとかではなく、人に“自分も同じようにしたい、なりたい”と思わせることができる人なのである。

(0013)

 

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戦わずして相手に勝つ。

闘っているのか、会話しているのか… 指相撲は、とてもなごやかな戦いだ。

孫子は、兵法において一番大切なことは“戦わずして勝つこと”だと説いている。実際に戦闘を行って、大切な兵員に被害を出すことは、国力の衰退に通じる。兵を用いずして勝つことを考えるのが、将の務めだと説いているのだ。でも、そんな視点を持つ将がどれほど居るだろうか。

戦術に溺れ、自分の考え出した戦術を試すべく兵を動かす輩。自らの功のみに目を奪われ、兵の撃滅されるのもいとわない鬼。ただただ上意に従うのみで対局を視ずに無駄な行動指揮する愚者。これらは、戦争をしている時だけでなく、平和な現代においても通じることだ。

経済戦争、企業戦争などと呼ばれる現代、社会における経済活動は、まさに戦争と同じだ。いわゆるブラック企業と呼ばれる組織は、現場に過酷な奉仕行動を迫る。それは、「出世」とか「報酬」とか「自己実現」といったニンジンを目の前にぶら下げることで実施される。現場は、過酷な状況が続くと環境に馴らされ、いつしか感覚が麻痺してくるものだ。異常も日々続けば日常になってしまうのである。そして、適切な判断ができなくなってしまう。集団で不正が行われるメカニズムの根源は、こんな精神状態にあるのではないだろうか。

戦わずして勝つ…それには“権謀術数”に長ける必要がある。こう書くと、とても卑怯にならなければならないのか、と思えてしまう。しかし、別の視点からみると、それは“コミュニケーションに長ける”ということができるのではないか、と考えている。少し甘ちゃんな意見かもしれないが、ウィン・ウィンとなるような条件を探り提示していくとか…。そんな頭脳を駆使したコミュニケーションが、無駄な衝突を避け、新しい世界を築く轍となるのではないか、と思っている。

勇ましい姿は、確かに多くの人たちの羨望を集めることができる。潔い姿もたくさんの人たちの目に凛々しく映るものだ。しかし、時に彼らの行動は、自決的に向いてしまうことがある。どこかに滅びることへの美学が仕込まれているように感じられる。もっとも、人は“劇的”なるものに魅せられる。劇的とは、ある意味、滅びの美学や頑ななるものに冠されるような気がする。しかし、劇的とは、異界での出来事。すべてがそれに引きずられていては、未来はない。劇的養成ギブスを外して、もっと日常を生きるべきだと思う。

戦わずして勝つ。日常の生活において、それが具体的にどんな行動になるのか…それは、なかなかイメージできない。ただ、ひたすらコミュニケーションを取ってみることではないか…とおぼろげながらも思っている。自分の考えを明確な言葉で示し、相手の想いをからだで受けとめる。そういったことではないか、と思う。道は遠く長いかもしれないが、そこに向かって進んでいきたいと考えている。

(0012)

 

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外骨格を脱いでみると…

人類は外骨格を強化することで進化してきた。しかし、外骨格は、あくまでもアタッチメントのひとつでしかない。

省庁やスポーツ団体のガバナンスが問われる事件が、ここのところ続発している。公文書改ざん、負の忖度、パワハラ、セクハラ、裏取引き…。まったく一般庶民からすると信じられないような事が横行しているように見える。

昭和30年代から40年代に生まれた世代にとっては、こういった出来事はドラマやアニメの中で起こること…という印象があった。強大な悪の巨大組織が世界を征服するために不正の限りを尽くす。それに対して弱小ではあるが強い正義感を持った人々が戦いを挑む。今から思えば、勧善懲悪の強烈な匂いのするストーリーだらけだった。でも、子どもだったぼくは、正義の人たちの活躍に胸躍らせたものだ。

そんな原体験を持つ人間にとって、今、目の前で起きていることは、これまで「善」であると信じていたものが、オセロゲーム的に立場を逆転させて「悪」に転じたように見えた。「あなたは大岡越前だと信じていましたが、悪代官だったのですね」という感じだ。

現在のガバナンスについて思うことは、すべてが外骨格的だということ。それぞれのからだの中にガバナンスが入り込んでいない。まるで、甲冑のようにガバナンスを着ているように思える。からだの中に入れておけば、決して脱いだりすることはできない。しかし、外骨格あるいは甲冑だと、都合に合わせて脱ぎ去ることができる。自分の都合によってガバナンスを操作することができるのだ。

わが師、橘川幸夫氏に教えてもらったことは「情報社会に必要なことは、人々がルールを自身の中に摂り入れること」ということだ。よく“ルールに縛られる”と表現するが、これから先は、身の外にあるルールに縛られているようではいけないのだ。自らの身の内にあるルールを指標に自らを律していかなければならない。もしかすると、そのルールは“モラル”なのかもしれない。

ぼく自身は思う。もう甲冑は脱ごう。自らの身体を鍛えよう、と。脱ぐのが大変なら、せめて、身の虚弱さを思い知りたい。外骨格で守られていることを意識したい。この自覚が広がれば、世界は変わっていくような気がする。

(0011)

 

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No Wind No Blow

風が吹いている。でも、風を直接見ることはできない。吹かれる草木を見て、風があることを知る。

風は、動いてこそ風になる。動かなければ、ただの空気にしか過ぎない…。時々、この話をすることがある。風を起こしたいなら、まずは、空気を動かすことだ。

凪という現象がある。風冠に止と書いて“凪”。うまく考えたなぁと思ったら、やはり国字だった。国字というのは、日本でつくるれた漢字のことだ。よく知られている国字に、峠(山を上がり下がりする)、畑(田を焼くのが畑)などがある。風が止まるから“凪”。なんとも日本的な表現だと思う。こんな風に、編集センスを活かしてつくられた国字は、ある意味、日本文化の象徴であり、誇りであると思う。中国でも逆輸入して使っているそうだ。

閑話休題。風の話である。風は直接、目で見ることはできない。小枝が揺れるとか、何かが風で飛ばされるとか、間接的な現象を見て、風を感じている。あるいは、風の強さを肌で感じるとか、音を聴いて存在を確認するとか、触覚や聴覚で認知していることも分かる。直接、視覚で認知できないということが、なんとも魅力的ではないか。

空気は、常日頃、意識しにくいが、なくなると、その存在の大きさが分かるといわれている。食物を一週間摂らなくても命を維持することができる。しかし、空気はほんの数分摂取できなければ絶命してしまうのが生命体というものだ。でも、いつも存在していて、よほどの事件が起こらない限り無くなることがないので、空気はその存在意義や存在価値を認識されることが少ない。そして、無くして、その価値に気づいた時には、ほとんどの場合、手遅れとなる。命を失いかねないのだ。

その空気が動くと風になる。“転がる石に苔むさず”という。動いている者は、常に新鮮でいられる。老朽化しないのである。若さを保てるということだ。風は、いつも新しいのだ。

風は、さまざまなところに旅をする。峰を超え、大河を渡り、街を抜けていく。そして、そこに暮らす人々と交わり、その人たちに新しい人生を与えることもある。そんな風のような人がいる。風の又三郎然り、スナフキン然り。できるなら、風のように生きていきたい…と思う。いつも動いていて、いつも旅をしていて、そして、人とふれあうのが大好きで。そんな人間になりたいと思っている。

(0010)

 

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カゼひき地球さん

温暖化だの寒冷化だのいう前に、地球はカゼをひいているのかも…。自然治癒力に期待したい。

昨夜から気温がグンと下がった。夜道をバイクで走っていると肌寒いくらいだった。Tシャツに短パン。真夏の出で立ちには少し酷な夜だった.

テレビは、連日、「キケンな暑さ」とか「自然災害級の猛暑」とがなり立てていた。確かに毎日のように誰かがどこかでなくなっていた。原因は熱中症。高齢の方が犠牲になることが多かった。「地球温暖化の結果だ」という報道がどこからか流れ、多くの人が、その説を鵜呑みにしているような気がする。

先日、ある人から聞いたのだが、今、地球は寒冷化に向かっているという。太陽の黒点が北半球に集中しているのだそうだ。早い話が、太陽内の核融合のバランスが取れていない状態ということらしい。この寒冷化の流れの中でのアクシデントというか突然変異のようなものとして、今年の酷暑があるというのだ。

確かに、今年は30年に1度の猛暑だが、来年の夏が同様かといったら、そんなことは無いように感じる。もしかしたら、30年に1度の冷夏になるかもしれない。温暖化が云々なんていってられない。「地球環境混沌化」とでもいうべきか。まったくよく分からない時代になったものだ。いや、どの時代だって、こんなものだったのかもしれない。

かつて、何かの本で読んだのだが、あるヨーロッパの人が、日本にやって来た時に、瀬戸内海を見て感動のあまり叫んだそうだ。「日本にも立派な大河があるじゃないか!」と。人とは、自分のキャパシティの中でのみ事象を判断する。ライン川やテムズ川を見慣れた人は、それくらいのサイズの水の流れを見ると、たとえそれが海であっても川と認識してしまう。身近なところなら、山国育ちが琵琶湖を見たら「海」と思ってしまう。そういうことだ。

今年は、とにかく暑い。だから「地球は温暖化している」と判断するのは早計というものではないだろうか。秋を過ぎると極寒の冬がやってくるかもしれない。これまでの常識では計り知れない地球環境のサイクルがはじまっているのかもしれない。温暖化以上に、この無秩序の方が怖いと思う。どこかで地球が狂いはじめているのではないか。ただ、このような狂いも地球46憶念の歴史の中では、何度も繰り返されてきたことなのではないか。

大きな大きな流れの中の、ほんの一瞬をぼくらは活きている。地球いや宇宙からしたら、ぼくらは瞬いている間に生きるちっぽけな存在なんだろう。身の程をわきまえて生きていきたいものだ。

(0009)

 

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時代が変わろうとしている。

ほんとうの責任者は、表に出て謝ることはない。忖度を受けている限り、忖度した側の責任だと逃げるものだ。

オリンピック4連覇の選手に対するパワハラの告発から名伯楽と崇められていた総監督の情けない解任にまで発展した女子アマチュアレスリング。違反タックルから、それを指示した監督とコーチの解任、そして、理事長への責任追及にまで発展した日大アメフト部。不正判定や用具の独占販売などで理事長はじめ協会役員が300人以上の協会員から告発された日本アマチュアボクシング協会。

今年に入って、立て続けにアマチュアスポーツ界の不正が世にさらされている。いずれのケースでも共通しているのは、「上層部がその権力を傘に、好き放題していた…」ということだろう。動かない水は腐る、というが、まったく、この言葉を地でいった形だ。告発した側は、満を持して、あるいは覚悟を決めて反旗を翻したのだと思う。絶大な権力に対して立ち向かう姿勢には感服する。

理事長とか監督というポジションには、絶対的な権力が集まりやすい。その権力に対して、下々は「忖度」する。その理由は、自分の立場を守るため。引き上げてもらう、とか、不利な立場に追いやられないように、とか、恫喝されないようにする、とか。権力者が指示していないことまでも、気を配って率先して間違いとなる行動を取ってしまう。これは、アマチュアスポーツ界に限ったことではなく、さまざまな組織で起こっていることだ。

まだまだ、アマチュアスポーツ界には「根性論」がはびこっていると聞く。いや、もしかすると、業界を仕切っている立場の人たちの世代的特性なのかもしれない。「それくらい我慢して当然だ。我慢できないのは根性が足りないからだ」と一蹴する傾向が見て取れる。そんな風潮が、学校のエアコン設置率の伸長を妨げ、この酷暑の中、熱中症の子どもたちの量産に貢献してしまっている。ここまで書くと、ちょっと書き過ぎだろうか。

ロンドン五輪の金メダリストで現在プロに転向して活躍しているボクサーの村田選手が自身のFacebookで一連の出来事について書いていた。「そろそろ古い体質を改める時期ではないか」と。

確かに、今、時代は動いている。ゴロゴロと巨石が転がるように。まだまだ、ゆっくりとした動きだが、すぐに加速するだろう。あれよあれよ、といっている間に世間は一変してしまうのではないか。2年後には、隣のデスクで企画書を作成しているのはロボット…なんてことがあっても不思議ではない。もしかしたら、うちのボスはスパコンです…なんてことがあるかもしれない。

一連のアマチュアスポーツ界の出来事は、変化の前哨戦に過ぎないのかもしれない。他人事と考えていてはいけない。明日は、我が身かもしれない。いい意味でも悪い意味でも、「下剋上」の時代がやってきているのだ。あるいは「窮鼠、猫を噛む」かもしれない。トップではなくても、部下を持つ人ならば、我が身のこととして一連の出来事を見て、内省すべきではないだろうか。そして、来るべき時代の変化に備えるべきだろう。とにかく、理にそぐわないことは慎むべきなのである。

(0008)

 

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南方からの物体X

奴らは、静かにかつ確かに広がっていく…気がついた時には、手遅れ。侵略されている。

かつて、奴らは、九州にだけ生息していた。ひとつの王国を築いていたのだ。繁殖能力に優れていたが、移動能力はそれほど高くはなかった。それが幸いして、王国の領土はさして拡大することがなかった。たまに、海を越えて冒険した無謀な奴もいたが、新天地で子孫を根づかせることはなかった。繁殖能力に優れているといっても一匹ではなすすべがなかったのだ。こんな状態が何万年も続いてきた。

昭和12(1937)年5月11日。大阪のまちは沸いた。道幅44m、道長4㎞のこれまでにない都市街路「御堂筋」が着工より11年の歳月を経て、ついに開通したのだ。道幅6mの狭い道が7倍に拡幅されたのである。100年先を見据えて整備された街路の下には地下鉄が走った。今では考えられない巨大プロジェクトであった。そして、景観を整えるため、北端の梅田から淀屋橋まではプラタナス、それ以南の難波までにはイチョウの並木が植樹された。今も、秋になると錦に燃える美しい景観を見せ、大阪の名物のひとつになっている。

並木の樹木は定期的に入れ替えられる。一説によると、1980年代に九州から移植されたものがあったという。樹木は根に土をつけたままの状態で九州から大阪へと運ばれた。樹木は新しい土壌環境にすぐになじむことができないので枯れてしまう。だから、元の土壌環境を保ったまま植樹するのである。奴らは、この好機を見逃さなかった。根に卵と幼虫を仕込んだのだ。大阪に着いた卵と幼虫は、九州の土に守られて、数年感間、地下に潜伏した。そして数年後、成虫が現われ、まずは個々に独唱をはじめた。歳月を重ねる中、都市のヒートアイランド現象も追い風となり、温暖な気候を好む奴らは、その繁殖能力の高さを武器に個体数を確実に爆発的に増殖させていった。今や、大阪では奴らの合唱ばかりが耳に入ってくる。奴らの合唱は、体感温度を数度上げているのではないだろうか。

今世紀に入って、東京都がある植樹を行った。その際に、御堂筋の並木の一部を友好の印に使ったという。この好機も奴らは見逃さなかった。都内で聞かれる奴らの合唱は、制覇の雄叫びなのかもしれない。だから、我々の耳に感じられるのは不快感なのだ。大阪も落ちた。東京も落ちた。横浜も壊滅に向かっているという。奴らは、このような大都市への戦略とともに地方都市への進出も進めている。我が家は京都府の中西部に位置する亀岡市にあるのだが、数年前から自宅周辺で奴らの声を聞くようになった。仕事場が大阪にあるので、「ついにやってきたか…」と思った。ここまできたら、ただただ奴らの侵略を静観しているほかない。トム・クルーズが主演した映画『宇宙戦争』のようなものだ。あんな結末は期待できないだろうけれど。

南方からの物体X。クマゼミたちの侵略は、これからも確実に進んでいくだろう。

(0007)

 

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すべては未来からのお告げ

先日、世話になっている方から、興味深い話をうかがった。その方は、先般、強烈な通風を患い、寝ても起きても耐え難い激痛に見舞われたそうだ。部位は足の甲。ここが痛いと立つことも座ることもできず、ひたすら痛みを我慢するほかないのだそうだ。病院に行くにも歩くことができないので、往復でタクシーを使い、さんざん散財してしまったと嘆かれていた。たまたま良いお医者さんを紹介してもらったので、比較的早くに激痛は退散したらしいのだが、また数年先に激痛がやってくると思うとなんとも怖ろしいという。

激痛に見舞われていた2か月ほどの間に、いろんなことを考えて、ひとつの悟りが開けた、と笑われた。その話が、ぼくにとって、とても興味深かった。どういう話かというと以下の通りだ。

今まで、病気というものは、過去にしてきたことの結果で患うものだと考えていた。でも、今回、通風を患って激痛に耐えている中、ふと思った。もしかしたら、病気はか“未来からのお告げ”なのではないか、と。先々に起こることを見越して、今、やっておかなければならないこと、あるいは、今、してはならないこと…これらを遂行するために病気になっているのではないだろうか。もし、ここで病気にならなかったとしたら、ムリして活動して、かえって今、病気になるより悪い状態を招いていたかもしれない。あるいは、病気になることで、本来ならその時にしないであろうことをして、その結果、より未来が輝くかもしれない。病気って、そういう未来に向けて授かるものなんじゃないだろうか…。

この話を聴いて、まったく、究極のポジティブシンキングだな、と思った。たいていの人が、病気を患った時に“あの時、あんなことをしなかったら、こんな病気にならずに済んだのに…”とか、“日頃の行いの悪さが、この病気の原因なんだ”とか、過去ばかりを振り返って後悔しきりになる。でも、過去は決して変えることはできない。変えられるのは、未来だけだ。なら、病気になったとしても、この事態をどう未来に活かすか、を考えた方が建設的というものだ。

過去をほじくり返して反省をすることは大切だと思う。そこで、きちんと行動の分析を行い、具体的な改善策を講じるならば、だ。でも、ただただ“あんなことしなければよかった”とか後悔ばかりするのでは、いっそのこと過去なんて忘れた方がいいと思う。後悔することでは、過去を現在や未来につなぐことはできない。

ぼくたちは、過去という大地に立って、明日に向かって今を生きている。後悔ばかりしていると、大地はぬかるみになってしまって、足を取られて先に進めなくなる。ぬかるみにするか、固まった土にするのか…それは、そこに立つ本人の意識次第なのではないだろうか。

(0006)

 

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見識と験識

見ざる 聞かざる 言わざる 見聞言を超えて体得するのが「験識」

百聞は一見に如かず…この一文は、誰もが一度は耳にし、口にしたことがあるだろう。他人から百回聞いたよりも自分で一度でも見た方が理解が深まるということを説いた俚諺だ。

この俚諺は、聴覚情報よりも視覚情報の方が多くの情報量を持っているということを示していると考えられる。確かに、人が獲得する情報のうち、視覚からによるものが90%にものぼるという説もある。人は、“目で見たこと”を最優先しているのである。「人は見た目が9割」というのも納得である。

でも、考えてみると、この視覚偏重が、現代人のイマジネーションを狭小化しているのではないか、と考えている。

視覚は、ある意味において「結果」である。一方、聴覚は「きっかけ」だとは言えないだろうか。視覚は動かしがたい事実であるのに対し、聴覚はそれを聞いて何かしらのことを想像するヒントではないかと思うのだ。人は、耳から入ってきた情報を基に、さまざまな想像、時には妄想を頭の中で繰り広げる生物なのだ。

例えば、虫の声や鳥の声。西欧人にとっては、ただのやかましい雑音にしか感じられないのだが、日本人にとっては、哀愁を感じるオノマトペだったり、ある種の意味を持った言葉に聴こえる。日本文化というものは、視覚だけでなく聴覚にも重きを置いた文化なのだと思う。これは誇るべきおで、将来にわたって大切に継承すべきことだと思う。

ところで、“百聞は一見に如かず”から連想する言葉に“見識”がある。見ることで得た気づき…というような位置づけだろうか。この“見る”が曲者だと考えている。遠近に関わらず、ただ傍目に見ているだけでは、その事象についての経験値は得られないとぼくは考えている。見ているだけではなく、触れたり、嗅いだり、五感での経験を果たさないと、真実というか本質は体得できないのではないか、と考えてきた。この五感での知覚をぼくは“験識”と勝手ながら呼んでいる。平たく表現すれば“経験知”といってもいいのだろう。

いわゆる“見識”なら、テレビやネットでいくらでも得ることができる。でも、“験識”は、実際に身体感覚でふれあわないと得ることはできない。ぼくは、この感覚こそを大切にしたいと考えている。

(0005)

 

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