むかし昔のことでした。あるところに、兄弟の神様がおりました。兄は空を守る天(あめ)の神様、弟は大地を司る地(つち)の神様でした。たった二人きりの兄弟だというのに、いつも、いつも、けんかばかりしておりました。
天…やい、やい、地(つち)の神よ、今日こそは、どちらが強いか、決着をつけようではないか。いざ、尋常に、勝負、勝負。
地…おう、よいことよ、天(あめ)の神よ。これまで、手を抜いて勝負してきてやったが、今日こそ本気でやっつけてくれよう。泣き面さらすなよ。
天…なんの、なんの。それは、こちらのセリフじゃ。尻尾を捲いて、穴ぐらから地面の下にとっとと消え失せなければならんのは、そなたの方じゃて。は、は、はははは…。
地…もうええ。もうええ。弱い者ほど、よく吠えるというがな。無駄話はそれくらいにしておいて、ようよう勝負しようではないか。では、こちらから参るぞ。地(つち)の使いよ、いざ、出でよ!えいやぁ!
グワラン、グワラン、グラゴリゴレゴラ、ズズンズ、ズン〈SE〉
天…うわぁ~、なんじゃ、これは。地面が揺れるわ、揺れるわ。おぉ、立っておられんぞ。何か掴まるものはないか。あ、あそこに大きな木があるぞ。あれを支えにしよう。
地…そう、簡単に木に辿り着かせてなるものか。地(つち)の使いよ、もっと暴れよ!
グワラン、グワラン、ビリバレバリバレ、バロロロレーン〈SE〉
天…ど、どうしたことじゃ。今度は、地面が割れていくぞ。なんと大きなひび割れか。目の前の地面が真っ二つじゃ。あの木までは、まったくもって近づけそうにもないわ。おぉ、まだ揺れておるぞ。あ痛たたたた。足をくじいてしもたわ。
地…どうじゃ、参ったか。これが地震というものじゃ。地(つち)の力を侮るな。泣いて、「許してくだされ」、と言うたら、今なら許してやる。どうじゃ、言うか。
天…なんの、これしき。天(あめ)の力に比べたら、大山(たいざん)の前の石ころみたいなものじゃ。かたはらおかしいわ。
地…強がり言うな。先ほどは、青ざめて泣き叫んでおったではないか。へなちょこめ。
天…何を言おうぞ。さては、こちらの番じゃ。天(あめ)の力を思い知らそうぞ。天(あめ)の使いよ、いざ、出でよ!えいやぁ!
地…なんじゃ、たいしたことないではないか。むこうの空にモクモクと白い雲が天まで届こうかと昇って行っておるだけじゃ。
天…まぁ、見ておれ。そのうちほえ面こくぞ。
地…なんの、なんの…。おや、なんだか暗くなってきたぞ。あの黒い雲はなんじゃ?どんどん、空を覆い尽くす勢いで広がっておる。あぁ、真っ暗じゃ。どうしたんじゃ。
ピカッカッカ!バリバリバルー、ドッシーン!〈SE〉
地…うわぁ!天から光が落ちてきた。それもどでかい音といっしょにじゃ。おぉ、光が落ちたところにあった木が真っ二つじゃ。この身に落ちたら、このからだも真っ二つか?あぁ、くわばら、くわばら。ああ、へそを取られる。腹を隠さねば…。
天…どうじゃ、地(つち)の神よ。腰が抜けてしまったのではないか?これが天(あめ)の秘術・雷よ。もう観念してはどうじゃ。
地…ふん、まだまだ、これしきでは、参らんぞ。
ピカッカッカ!バリバリバリュー、ドッシーン!〈SE〉
地…うわぁ~!くわばら~!
天…ほら、みろ。怖わがっとるではないか。今、謝れば、この世で二番目に強い者と認めてやる。さ、さ、謝れ。すまぬ、と言え。
地…いやいや。まだまだ、天(あめ)の神は、地(つち)の力を知らぬようじゃ。今度はこちらの番じゃ。これで決着させようぞ。地(つち)の使いよ、いざ、出でよ!どりゃぁ!
天…ふ~ん、また、コケオドシみたいなものでも出して、茶を濁すのであろう。まったくの茶番じゃのう。せいぜい、へそで茶がわかせるくらいのものよ。
地…今のうちに、ほざいておれ。見るもの見せてやるわ。は、は、は、は、は。
天…おぁ、遠くの山の頂が、真っ赤になっておるのぉ。きれいなものじゃ。酒でも持ってくればよかったのぉ。いい眺めを楽しみながら飲む酒は、かくべ…
ドドーン、ガドーン、ドドーン、ガドーン、ドドーン、ガドーン〈SE〉
天…え、や…山の頂がはじけ飛ばされたぞ。あら、どろどろと真っ赤な泥みたいなものを吐きだし始めたわ。なんだか辺りが、熱くなってきたぞ。あ、今度は、山の頂から、火の玉をまき散らし始めたぞ。あや、どんどん数が増えていく。危ないぞ。火の玉がこちらに飛んでくるわ。おお、火の玉というより、火のついた岩じゃ。ああ、下敷きになったら焼きつぶされるぞ。逃げろや、逃げろぉ!あ、熱つつつつ。火の玉が背中に入ったわ。背中が火事じゃ、やけどじゃ、やけどじゃ。どうしてくれる。
地…どうじゃ、これが、火山の噴火というものじゃ。そのうち、辺り一面が火事になる。すべてが燃えつくされるのじゃ。焼かれぬうちに、さあ、「参りました」と言え。恥ずかしがることはない。天(あめ)の神が、地(つち)の神より弱かっただけのことじゃ。そんなことは誰もが知っておること。胸を張って堂々と言え、「参りました」と。
天…なにをぬかすか、地(つち)の神よ。…やっと背中の火が消えたわ。なんと小癪な地(つち)の神よ。しかし、こんな火事ごときで、降参しておったら、末代までの恥となる。生き恥さらしておるのは、われの道にはありえまい。まだまだ、負けは認められぬ。今度はこちらの番じゃ。
地…地震、雷、火事ときたからには、次はもしやして、ヤカンでも降らせるつもりか。おやじのヤカン頭でも…あ、は、は、は、は、は、は。
天…なにを戯言(ざれごと)を。次に見せるは、泣く子も黙るような、スゴいものじゃ。驚くなよ!天(あめ)の使いよ、いざ、出でよ!どりゃぁ!
地…おぉ、向こうの方になにやら柱のようなものが見えるなぁ。どんどん近づいて来るぞ。なんじゃ、あれは。柱ではなさそうな…。
天…もっとよく見よ。目をこらして。じっと見よ。顔色が変わるで。
グルーン、ピューフュー、ヒュルルルルンルン、パフューン〈SE〉
地…あぁ、なんということじゃ。風が柱のように天に向かって一直線になって、回っておるぞ。あぁ、地面にある木や岩どもが、どんどん天に舞い上げられておるわ。どうしたことじゃ。
天…わっ、は、ははは。どうじゃ、これが竜巻というものじゃ。天(あめ)の力はこれほどのものなのじゃ。そろそろ観念せぬと、痛い目に遭うぞ。
地…なんの、これしき…
天…そのように岩にしがみついておっても、竜巻がそのうち岩ごと天まで舞い上げてしまうわ。無駄な抵抗はせぬほうが賢明というものじゃ。
地…いやいや、負けぬぞ、これしきでは。どんなに風に吹かれようと、風に吹かれて岩に叩きつけられ、岩に身を削られようと、この手は離さぬぞ。天には舞い上げられぬぞ。
しばらく沈黙
地…おぉ、静かになったのぉ。どうやら竜巻は、通り過ぎて行ったようじゃ。どうじゃ、天(あめ)の神。まだ、勝負はついておらんようじゃな。
天…そのようじゃな。では、今度は、二人同時に使いを出すというのはどうじゃ。互いに戦わせて、勝負を決めようではないか。それでどうじゃ。
地…それは、よい了見じゃ。いざ、いざ勝負。
天…天(あめ)の使いよ、いざ、出でよ!おりゃぁ!
地…地(つち)の使いよ、いざ、出でよ!おりゃぁ!
空にひとつの光の玉が浮かび出て、そこから白龍が現れました。大地にも、ひとつの光の玉が浮かび出て、そこから黒龍が現れました。二匹の龍は、お互いを追いかけながら、天空で、ぐるぐると回り続けておりました。
突然、白龍が黒龍のしっぽに噛みついたと思ったら、どんどん黒龍を飲み込み始めました。黒龍も負けじとばかりに、白龍を飲み込み始めました。あれよあれよという間に、二匹の龍の胴体はお互いの口の中に入って行って、どんどん短くなっていきます。
天…負けるな白龍。先に黒龍を飲み尽してしまえ!
地…何を言うか!黒龍がんばれ!白龍なんぞ、先に腹の中におさめてしまえ!
二人の声援を受けて、二匹の龍は必死の形相で相手を飲み込んでいきました。いよいよ、頭を残すばかりになりました。そして…とうとうお互いにすべてを飲み込んでしまいました。龍のすがたが消えてなくなったのです。
そのとたん、空と大地は、目を開けていられないくらいの、強よくて、まぶしい光に包まれました。
天…なんとまぶしい光じゃ。
地…目がつぶれそうじゃ。
光は徐々に徐々に弱まっていきました。そして、だんだんと辺りの様子が見えるようになってきました。緑の山々、青い空…。
その緑と青をつなぐように、七色の光の橋がかかっていました。
どうやら今回の勝負も引き分けだったようです。光の橋は、仲直りの印だったのです。いつの間にか、二人の神様もどこかに行って姿を消してしまいました。
今ではすっかり、神様は見えなくなりましが、兄弟げんかをして引き分けると、今もそこには「虹」が出るのだそうです。「虹」を見つけたら、そこには、仲直りした、天(あめ)の神と地(つち)の神の兄弟がいっしょに居ることを思い出してみてくださいね。
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