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 小学校のころ、カブトムシを飼っていた。正確にいうとカブトムシの幼虫を飼っていたのだ。近所の堆肥置き場で見つけて30匹ほどをケースに入れていた。最終齢はしなびて死ぬのかと思っていたら知らないうちにサナギになっていた。不思議なことに必ずアタマを上にしてじっとしている。行儀がいいのである。
 3日もするとサナギの茶色が少し濃くなってくる。記憶をたよりに書いているので、やや正確さには欠けてしまうが、1週間もすると少し蠢いていたような気がする。たいてい羽化の瞬間を見逃してしまうので、気がついたときには立派なカブトムシがケースの中を闊歩している状況になる。

 ある日、せっかちなぼくは、まだ薄茶色のサナギを手にとって見つめていた。なんとなくサナギの皮をむいてもなんとか羽化できるんじゃないか。そう思えた。だって、人間だって未熟児で生まれてきて立派に育っているじゃないか。うちの弟だって未熟児だったのにとても元気に育っているもの。ヘンな自信がぼくの中でうなずいていた。ぼくは、その自信にそそのかされてサナギの皮をむいてしまった。しまった、と思ったときには後の祭だった。白い液体が流れ出し、サナギは空気を抜かれた風船のようにみるみる萎んでいったのだ。

 考えてみると、このサナギはとても不思議な存在だ。イモムシみたいな幼虫からまったく別の生物ともいうべき成虫が生まれてくる。その大事な過程が、このサナギなのだ。しかし、この不思議の中にさまざまな叡智が隠されている。それを解き明かしてくれるのが、この『サナギの時代』である。著者は、学生時代に発生学を学び、卒業してからは技術ジャーナリストとして活躍している。生物と製造業技術という両極を見ているからこそ見える不思議があったのだ。それが、生命が37億年という進化の中で獲得してきた技術やシステムなのである。そこには、永い年月の中で培われてきた安全性と機能が保証されている。それを、これからの製造技術は学ぶべきだというのである。

 プランクトンとして浮遊生活をしていたウニは、内臓の一部に小さな袋をつくり、そこにたくさんのトゲを発生させる。そして、変態段階になると袋を裏返すようにからだの外側と内側を反転させて、ご存知のトゲだらけの姿になるという。その他、セミの体内時計、ゴキブリの運動神経を自動車に活用する計画、ホタルの光の方言などなど、面白いコラムが全部で60編。生物学に興味がある人はもちろん、政治や経済をめざす人に読んでいただきたい一冊である。これを読んで、変わることの勇気をぜひ引き受けてほしいものだ。

感想



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